L.Ron Hubbard  One of the genius 
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L.ロン ハバード氏について
L.ロン ハバード氏は、アメリカの物理学であり哲学者です。
また、ハバード氏は、たいへん著名な作家でもあります。

彼は、地球上でもっとも多くの文字を書いた人としてギネスブックにも載っています。
その他にも、彼は冒険家や船乗り、飛行家として、おどろくべきほどの国と人々を研究しました。
そして日本びいきでもあり、一時日本に住んでいたこともあります。
世界では、彼の知名度は高く、その技術は企業や政府によって活用され、驚くべき効果をもたらしています。このページでは、彼の業績のほんの一例を、生涯とともにご紹介いたします。

また、彼の研究成果をわかりやすくまとめた図もありますので、ご覧下さい。

L.ロン ハバード氏の生涯

ロン誕生

1911年3月13日

アメリカ・ネブラスカ州ティルデンに生まれる。

                  


研究のために各国へ

1927年より、船にのり、中国、日本、グアム、ハワイなどを回り、人々の研究をしました。

          
             
これは日本に来た時、彼が撮影した歌舞伎です。


ずっと後になって、アジアで何を学んだかとたずねられたとき、ロンは、「少なくとも、人間は、人生について知るべきものをすべて知っているわけではない、ということを学びました」と意味ありげに答えました。

           


ジョージ・ワシントン大学 物理学研究室

彼は、世界中を旅した後に、ジョージワシントン大学にて、物理学を学びました。
このジョージワシントン大学から、のちに世界中の人々に一大ブームを巻き起こすことになった、ダイアネティックス®と他のすべての技術がうまれました。
すべてのはじまりは、ジョージワシントン大学から・・・!

                                                      ケーニッヒ光度計

下の4枚は、ロスアンジェルスにあるハバード経営学校本部の写真です。

           


           

           

           

オークノール海軍病院にて

1945年。アメリカ。オーク・ノール海軍病院。日本の捕虜収容所の15人。監禁中にほとんどが死亡してもおかしくない食事によって、彼らはタンパク質を吸収できなくなっているということがわかりました。一般的には効果があるテストステロン治療を集中的に受けても、これらの15人は飢えつづけました。

その答えとして、またタンパク質の吸収と内分泌的な結びつきについての広範囲にわたる精密検査の後、LRHは極めて重要な理論を提案しました。

「思考が身体的なものの優位に立つ」。
心を治療し、15人の命を救ったのでした。
すなわち彼の有名な言い回しは「機能は構造を監視する」のです。

            


飛行家だったロン

飛行家でもあったロンは、「稲妻」という愛称がありました。

      

グライダー飛行を初めて経験し、またたく間に全米で最も傑出したパイロットのひとりとして認められるようになります。
訓練の時間をほとんど費やすことなしに、彼は動力付飛行機に没頭するようになり、中西部をくまなく曲芸飛行します。
空港の状態に関して彼が提出した報告により、12の安全でない空港が閉鎖されます。

全国版の航空雑誌は、ロンが、同一地域での飛行持続記録の国内記録を打ち立てたことを報告します。全米規模のスポーツマン・パイロット誌の中で、彼は最新の航空学上の発達について詳しく述べ、悪条件の中での飛行手順について仲間のパイロットたちに助言します。
彼は大学の飛行クラブの運営を助け、米国土木技師会ジョージ・ワシントン大学支部の幹事を務めます。


                  

           ここでも日本びいきはあります。日本語で「福」と書かれたロンの飛行用ヘルメット。


作家としてのロン

ストリート&スミス社の編集者、ジョン・W.キャンベル・ジュニア(右)。
ロンのファンタジー小説を非常に気に入っていたキャンベルは、このジャンル専門の全く新しい出版物「アンノウン」を発刊した。
「アンノウン」によって初めて世に出たロンの名作の中には、結果的にキャンベルがロンに「ファンタジーの領域は君に占領されてしまったな」と告げるに至らせた作品「空中のタイプライター」や「フィアー」があった。

 
             
「バトルフィールド・アース」 ゴールデン・スクロール賞 サターン賞

「ミッション・アース」 ノバ・サイエンス・フィクション賞をイタリア人以外で初めて受賞しました。

L.ロン ハバードの著作は、フィクション、ノンフィクションを含めて1億1500万部が販売され、合計35の作品が国際的なベストセラー・リストに載りました。

  
         「古い製粉機」とロンが愛情を込めてあだ名をつけた、レミントンのタイプライター。


  

1934年から1950年間の間、L.ロン ハバードは、ここにある200冊以上の代表的な出版物に1500万語以上のフィクション小説を書いた。
彼が書いた数多くのジャンルを網羅するため、ロンは20以上ものペンネームを使った。
そのいくつかは以下のとおり。

ウィンチェスター・レミントン・コルト

ジョナサン・デリー大尉

キャプテン・チャールズ・ゴードン

キャプテン・L.ロン・ハバード

バーナード・ヒューベル

レネ・ラファイエット

軍人会会員148号

軍人会会員14830号

ケン・マーチン

スコット・モーガン

クルト・フォン・レイヒェン

バリー・ランドルフ

キャプテン・ハンバート・レイノルズ

ジョン・シーブルック


船長としてのロン


L.ロン ハバード氏の業績



◆ 薬物リハビリテーションについての研究成果

ハバード氏の研究成果に対し、毎年、何百人もの薬物リハビリテーションの専門家が、ピュアリフィケーション®ランダウン、そして解毒の技術の成果に対する感謝状を送っています。
2001年9・11のテロで、救急活動に当たった消防士達が塵肺にかかるという被害がありました。その消防士達を救ったのも、ハバード氏が研究したピュアリフィケーション®ランダウンによる解毒プログラムでした。
ピュアリフィケーション®ランダウンとは




◆ 人道主義者

ハバード氏は、世界ではじめての宗教色のない21の道徳律をあつかった「しあわせへの道」を記しました。
「しあわせへの道」は、18ヶ国語に翻訳され50ヶ国で合計5000万部以上が配られ、今もなお広がっています。
アメリカ議会からは4つの表彰をうけ、警察官、市長、ビジネスマン、教育者から熱烈な支持を受けています。

アメリカでは、7000を超える小中高等学校の500万以上の子供たちが参加した、この本の道徳律にそったキャンペーン運動がおこなわれました。
このキャンペーンは、30以上の州知事や薬物乱用防止の主宰者、教育機関からの推薦をうけ、大成功を収めました。

オハイオ州のある学校は、日常的な暴力や薬物乱用が横行していました。生徒たちの読書能力も、全国平均をはるかに下回るレベルでした。
しかし、このキャンペーンを開始してから2年後、この学校では薬物を使用する生徒はゼロになり、生徒達の読書能力は全国平均をはるかに上回るほどになりました。


また、このうすい小冊子は、刑務所において犯罪者の更生プログラムに使われ、めざましい成果をあげています。
ハバード氏は、「犯罪者を更生させたいのなら、その人に過去を振り返らせ、どの時点で自尊心を失ってしまったのかを見つけなさい。その一点を回復させるのです。そうすれば、そこにもはや犯罪者はいなくなります。」と語りました。

「しあわせへの道」を使った更生プログラムは「クリミノン」と呼ばれています。
クリミノンは、ロサンゼルスに本部をおきます。
39の州、300を越えるt刑務所機関でこのプログラムが実施され、3200人以上の受刑者が参加して成功を収めています。

若い犯罪者の80%が、再犯を繰り返す中、クリミノンのプログラムを終了した人の98%は、もう二度と再犯を繰り返すことがありません。
このような前例をみない成功例に対し、アラバマ州グリーンビル、バトラー郡少年裁判所の主任保護監察官ダニエル・O・ブラック氏は、こうコメントしています。
「青少年の裁判システムで、今、最も求められているものは、地域社会に根ざした実効性のある第一歩となるプログラムだ。「しあわせへの道」は、この欠けている点を埋めるものだ。私達は基本的なことから始める。誠実、高潔、信頼に基づいたしっかりとした道徳の土台。それが、しあわせへの道だ。」

また、南米にあるベネズエラでは、「しあわせへの道」を使ったキャンペーンとセミナーを行った結果、暴動と汚職が横行する国のモラルが、180度変わりました。
( 「たったふたりの女性の決断が、国の道徳律を変えた」)




◆ 教育分野での業績

「今日のこどもたちは、明日の文明の担い手になる」。「教育の目的は、まず一人一人の能力、率先力、文化のレベルを高め、それに基づいて社会全体の生存レベルを高めることだ。」
1950年代、ハバード氏はこう記しました。
事実、教育の衰退を阻止しないかぎり、多くの機関が崩壊へ進むことを食い止めることはできません。

彼が的確に指摘したように、今世紀後半の数十年にわたる3つの文化的な要因が合わさって、私達のコミュニケーション能力は、ひどく衰えました。
まず第一に、新しいシステムが、読み書き、文法といった基礎を無視したため、全体的な教育の水準が低下しました。
次に、テレビの出現。
さらには、テレビの前に子供を放り出して、絶え間なく流れる映像を子守代わりにする親の出現に伴い、その衰退に拍車がかかりました。
最後に、とくに1960年代を通して、テレビ世代の思考をさらに鈍らせる薬物という要因です。
これにより、どの世代の人々も、情報を理解または伝達することがもはやできなくなりました。

ハバード氏は、言葉に敏感な作家だからこそ、文法に対して画期的なアプローチができました。
1940年代に著述の仕方を作家達に教えながら、ハバード氏は、文法の本を携えて振り出しにもどり、言語を教える分野に帰ってきました。そして「勉強の技術」を開発しました。

「勉強の技術」は、教材に書かれていることを理解する上でのすべての困難を認識し、解決する手段を提供しています。ここでは、以前には知られていなかった、勉強に挫折してしまう原因が解明されています。
「勉強の技術」は、誰が何を学ぶ上でも、その人の手助けとなり、またどこで実践されても一様に変わらない結果が得られることが証明されています。
なぜなら、この方法は、あらゆる人に共通する基本原理に基づいているからです。経済、文化、人種を超えて、年齢に関係なく、すべての人が使うことができます。

読んだり聞いたりすることを本当に理解し、そして、もし他の人たちに自分自身をわかってもらうことができるなら、人生そのものは大きく開けるでしょう。
一方、自分を表現したり、相手に自分を理解させることができないその分、人生は閉ざされてしまいます。
全世界の教育レベルの向上を目的とする非営利公益法人「アプライド・スカラスティックス・インターナショナル」の努力により、ハバード氏の「勉強の技術」は、現在、6大陸、36ヶ国で実践されています。
このプロジェクトに参加した人は、世界中で300万人を超えています。

「目標は、自分が持っている概念や考えをはっきりとわかりやすく伝えることができ、それによって他の人たちの考えや概念を理解できるように、人を単語や言語の使い方と構造に熟練させることである。」
                                         L.ロン ハバード
 


「これは才気あふれる人物が書いた才気あふれる本です。実際、それは思考の革命です。」
                      アメリカ大学 言語哲学準教授 デビッド・ロディエ博士


教育分野におけるハバード氏の貢献に対し、何千もの感謝状が送られました





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