R25 2004年12月9日号 長渕剛 インタビュー
「死んじまいたい」を経て 再生、さらに目指すところ
「それは母親が衰弱して僕の目前に「死」を見せつけたことと、結婚して最初の子が生まれるということ。
初めての生と死の狭間を経験して、そこに自分が立ったときに、『生と死とは何なのか』ということに答えを見出さないと、狂いそうになったわけ。
こんなラブソングばっかり歌ってていいのかよ。俺はどこ向かって歌えばいいんだろ、どこへ向かって行けばいいんだろって」こんな哲学的な問題だけでなく、実生活に結びついた部分でも悩みが絶えず、じわりじわりと蝕まれていった。
「バンドとの人間関係や、著作権のナントカで騙されてお金とられたり、裏切られたり。
そのときに、ただ純粋なだけでは生きていけない、ただ歌いたいというだけではダメだと気づいて」
「死んじまいたい」と思ったのである。
もう歌なんてやめてしまいたい、と。
KO寸前にまで追い詰められたけれど、立ち上がった。
2つの事柄が力をくれた。
「答えがほしくて書物を読み漁ったんだけど、そのなかに『ダイアネティックス®』という分厚い本があったんですよ。宇宙の根本法則とかを書いた難しい本(笑)。
そこに、『宇宙根本の原則は“生存せよ”なのである』って書いてあった。
朽ち果てる木々もビルも戦争もすべて。
隕石と隕石がぶつかって火花を散らして生命体や水や空気が生まれるように、何かと何かがぶつかって壊れてひとつの生命体ができてこれらは全部どこかに向かって動いてるんだよと!?。そう思ったときに、簡単な言葉、『生存せよの方向に動いてる』。この言葉を見た瞬間、ものすごく得した気分になった」。
もうひとつは、桜島。
この日のフォトグラファー、大川奘一郎氏とともに、憔悴しきった長渕 剛が赴いた場所。
「『もうオレ歌やめる。明日鹿児島行こうよ』っていってサ。
それで、東急ホテルの突堤に座ってずーっと桜島見てたんですよ。
市内でそこがいちばん桜島がキレイに見える場所だった。
大川さんは隣で写真撮っててサ…そしたら桜島から声が聞こえてきたんです。
『オメエ、何やってんだよお』って。
オヤジやお袋、兄弟、自分の原風景の象徴たる桜島が語りかけてきた。
その方向に実は赤水地区の、今回コンサートをやった場所があったんです。
それは偶然だったんですけど。
それが30歳ぐらい。
人間関係を改めて切り捨てて、もう1回一人に戻ってやろうと」 。
全国11カ所のアリーナクラスの会場でセンターステージを設営し、ギター一本で勝負する『STAY DREAM』ツアー。
ここで長渕 剛は生まれ変わった。
そして、今回また桜島で新たな限界を突き破った。
これから目指す所とは?
… 以下、じっくりと味わってほしい。
「僕が歌い続けるってこと」
「アーティストだったら正気の沙汰じゃないことをやんなきゃダメですよ。自分の命を守りつつ何かを表現するのはまだまだハナたれ小僧」
「日本人には侍の心がある。若い連中がどんな職種についていても、スピリットを受け継いで日本人であることに誇りを持って親や兄弟、そして自分を愛して前へ進んでほしいなって、僕は思うんですよ。そしたら、世界は向こうからやってくるんじゃないの?」
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